774年の伝統を誇る「博多祇園山笠」は、博多の総鎮守・櫛田神社の奉納神事で国の重要無形民俗文化財でもあります。
毎年300万人の観客を魅了する、今や日本を代表する祭りの一つとなった博多祇園山笠の歴史を紹介。

博多祇園山笠の起源には諸説りますが、1241年に承天寺の開祖・聖一国師が当時流行していた疫病を封じるため、施餓鬼棚に乗り祈祷水をまきながら町を清めて回ったことに由来するとされています
当時は神仏習合の時代で、災厄除去の祇園信仰と結び付いて山笠神事として発展。
今は、飾り山と舁き山笠が分かれていますが、明治末期までは同一のものでした。

7月1日、福岡市内に高さ数十mもある絢爛豪華な14本の飾り山が公開され、祭りの幕開けです。
10日からは7つの勇壮な舁き山笠が登場。
流れ舁き、追い山ならし、集団山見せなどぐんぐんボルテージを上げながら15日早朝の追い山を迎えます。
絢爛豪華な飾り山笠と躍動する舁き山笠。
「静」と「動」が織りなす祭りであることも博多祇園山笠の大きな特色です。

■スピードを競うスポーツ性
山笠に飾る人形は、毎年作り替えられ、制作は博多人形師たちが担います。
人形師たちが技術と表現力を駆使し、精魂込めて作り上げた山笠は、どれも見ごたえたっぷりです。
舁き山笠の重さは約1トン。それを舁き手たちが駆けながら交代で曳く。
統制のとれた走りっぷりや、祭りとはいえ真剣に速さを競う迫力は見る人の心を捉えて離さない。

長きにわたり受け継がれてきた山笠の背景に息づくのは、子供は大人を敬い、大人は子供を慈しむ長幼の序をはじめ、和や絆を大切にする伝統、役割分担を明確にした組織づくりや規律です。
山のぼせの男たちを舞台の裏で支える女性たちの存在も大きい。
そんな目に見えない部分にも思いをはせて見学すれば、感動はいっそう膨らむでしょう。